『  浪漫素  ― ろまんす ―  (3)  』

 

 

 

 

 

 

 

  ガタ −−−− ン ・・・・ !

 

「 ・・・ いってェ 〜〜 ・・・・ 」

油断していたので ジョーはコクピットの床に派手にふっとんだ。

一瞬、 ドルフィン号のコクピットから音が消えた。

いや マシンの音だけがごく低くきこえ 人々は息を飲み固まっていた。

「 あ  あの・・・  余計なコトを言った私が悪いのですから ・・・ 」

アンナは慌てて立ち上がり、しかしジョーの側に寄ってゆくのも憚られウロウロしている。

ジョーは 頬を押さえてしばらく転がっていたがやがて全く普段の動作で起き上がった。

そしていつもと同じ表情で 同じトーンの声で喋った。

「 ・・・ きみの平手ウチは相変わらずパワーがあるね。 」

「 ・・・・・・ 」

無言で突っ立っている加害者にむかって ジョーはに・・・っと笑いかける。

「 ・・・ あの ・・・?  相変わらずって・・・? あの・・・ 」

「 あは、 彼女の一発には定評があってね〜

 いや やっぱりな〜 ・・・ こりゃ強烈でしたよ。  えい さ・・・! 」

トンと軽く床を踏み彼は自分のパイロット席に戻り、振り返る。

「 なにがお気に召さないのでしょう、理由 ( わけ ) くらい聞かせてもらえないかな。 」

「 そう仰るご本人が一番よくご存知でしょう? .

「 いや。 わからないね。 」

「 わざわざ言わせたいの? 先ほどの貴方の発言です。

 このお嬢さんと < 同じ境遇 > にいたヒトが、 一番よくわかっているはずのヒトが 

 失礼なことを言うから です。 」

「 ・・・ そりゃ申し訳なかったですね。 」

「 真面目に言っているんですけど? きちんとアンナさんに謝りなさいよ! 」

「 だから〜 ちゃんと謝っただろ。  もういいじゃないか。 

「 ・・・ 本当にそう思っている? 」

「 ああ 本当に。  誰かさんの一発は強烈でしたからね〜 」

「 わたしにはちっとも反省している風には見えませんけど。 」

「 へえ・・・? 超聴視覚を持つヒトの発言とは思えませんねえ。 」

「 ― 茶化さないでって言ったでしょう・・・?

 ともかくイヤミな態度はやめてください。 本当に もう・・・! 」

「 ・・・ これは失礼つかまつりました。  」

「 また ・・・  ジョーっていっつもそうよね! 」

「 いつも? はて どういうことかな〜 」

「 いつも よ。 自分の旗色が悪くなると いつも よ! 」

「 なんだって!? 」

「 あの  あの・・・・ 悪いのは私ですから・・・ 」

アンナは言い合う二人の側でどうも他人が口を挟んでいいことじゃない、とは感じたものの

やはり放っておくわけにも・・・と オロオロしていた。

 ・・・・ツンツン ・・・

なにかが アンナのジャケットの裾をひっぱている。

「 ???  ・・・ え? なんですか。 」

ふりむけば艶やかな禿頭が ばちん、とウィンクしている。

「 あの・・・ え〜と?? 」

  し・・・。 禿頭は口の前に指を立て、アンナを制し ちょい・・・と後部座席を指した。

「 え? あそこへ?  ・・・ いいですけど。  でも その前に! 

アンナはぱっとコクピット前方 ― つまりごたごた言い合っている二人に駆け寄り

ジョーの防護服の裾をくいくいひっぱった。

「 ― だから  ・・・   ? なんですか? 

「 あの! 」 

「 はい? 」

「 あ あの!  さっきのジョーさんの発言、 ちっとも失礼じゃないです。

 あ ありがとうございましたッ 」

「 ・・・・ へ??? 」

アンナはぺこり、とお辞儀をしてから  に・・・っと笑った。

それまでの彼女の 品のよい微笑み  とはまるでちがう、生きた笑 だった。

「 アタシ。  イイ子、 やめます! 」

もう一回、頭をさげると、彼女はたたた・・っとグレートが示した席へと移動した。

「 あの お邪魔ではありませんか。 」

彼女は 息をはずませ近寄るとその座席を占めているご老体に声をかけた。

「 いやいや・・・ どうも煩くてすまんですな。 」

彼は苦笑しつつ、まだごたごた言い合っている二人の方を眺めた。

「 え  いえ・・・ あの なにか私が余計なコトを言ってしまったみたいで・・・ 」

「 いや 君のせいではありませんぞ。 」

「 そ〜いうコトです、お嬢さん? あの二人のアレはただのじゃれ合いですから。 」

「 じゃ じゃれあい?? 」

  ―  カン ・・・!  コクピット前方から空のカップが飛んできて禿頭にヒットした。

「 ― て ・・・! 」

「 グレート!! 聞こえていてよ? 」

「 そうだよッ お客さんに誤解を招くようなこと、言うなよ〜〜 」

「 ・・・・・・・・・・ 」

言い合い中なはずのカップルは仲良くこちらに怒鳴ると 再びケンカの続きを始めた。

「 だから! いつだってジョーはオンナのコに甘いっていうのッ ! 」

「 いつだって? いつのことさ? 正確に言ってほしいな! 」

「 あら いいの? それじゃ申し上げますけど? そもそもですね〜 」

「 な? 放っておいてOK。 じきにいちゃくちゃ始めるだけさ。 」

「 左様 左様。  で 先ほどからお見受けしておると ・・・ お嬢さん、あんたは

 このフネのメカニックに興味がおありのようじゃの。 」

「 え・・・ メカニック・・・ってそんな難しいことは ・・・ ただ レーダーとか面白いなって 」

「 そうですか。 このフネのレーダーは通常のモノとは少し違いますけれどな。

 いや 電波というものはとても <面白い> ものでね。 」

「 面白い? 」

「 左様。 微弱でも電波さえ捉えられればその発信源は算出できるのですじゃ。 」

「 え ・・・計算で、ですか?? 」

「 そうじゃよ。  いや なに、難しいことではないのですよ、 考え方は ・・・ 」

「 まあ ・・・ 」

博士は簡単に説明をしつつ さらさらと図解と数式を書いてゆく。

アンナの視線は博士の手元にある紙に釘付けである。

 

「 ・・・ 博士 目的地座標の誤差修正ですが   うん? なんだ? 」

「 し。 アルベルト 」

グレートはアルベルトのマフラーを掴むとぐいぐいと引いた。

「 おい! やめろっ 」

「 し〜〜〜 すまんが こっち こっち ・・・ 」

「 なんだ 〜〜 もう 」

「 <二人> の邪魔をするなって。 」

「 二人? ジョー達ならもうとっくにキャビンにズラかって・・・ ちがう? 

「 こっち だってば。  そこの < 二人 > さ。 」

グレートは頭を寄せ合い熱心になにかを書いている老若二人を示した。

「 うん? 」

「 ・・・ このお嬢はめったやたらに優秀だぞ? 博士が解を示す前にすらすら数式を

 解いてゆくんだよ。 」

「 理系の学生なんじゃないのか? 」

  いや 所謂お嬢様女子大の文学部 だそうだよ。 」

「 それなら   …血筋だな。 」

「 お主もそう思うか? 」

「 恐らく な。 これでジョー達がアホな騒ぎを演じてくれた甲斐があったもんだ。 」

「 だな。 」

変身オトコと死神は にんまりと笑いあった。

 

  ― そう ジョーとフランソワーズは派手なけんかを演じてみせたのだ。

勿論、打ち合わせなど していない。

ジョーは彼女から一発喰らったときに 気がついた。

 

     ・・・ あれ? この距離にしては力を抜きすぎだぞ? 

     どうしたのかな ・・・  うん?

 

ジョーは咄嗟に奥歯をカチリ、とやってからコクピットの中を見回した。

彼が目にしたものは ― 

 

     あ  そっか ―  それじゃ  リクエストにお応えするか・・・

 

それで ジョーは派手に吹っ飛んでみせ、その後 ケンカを買った。

 

     ナイス〜〜♪ さすがジョーね♪

     それじゃ ヤキモチ女になって喚きましょうか・・・

 

     お。 そうくるか?

     たまには遊び人のタラシ野郎になってみるかな〜〜

 

その後 二人がぎゃあぎゃあ無駄に騒いでみせた。

なぜならば ― 

フネの片隅から じっとアンナを見つめている博士に気がついたから。

博士の視線は ―  猜疑心やら好奇心からのものでは  なかった。

それは ただ ただ 温かい視線だった。  娘を見守る父の視線だった。

 

「 そろそろ大人の美味いメシだぞ〜〜〜。 」

「 ふん ・・・そりゃいい。  単調な旅に退屈していんたんだ。 」

アルベルトは くい、と窓の外を指した。

「 まったくな・・・ 行けども行けども 白一色 か ・・・ 」

「 あとどんだけ飛べばいいのか ・・・ 」

 

     ゴ −−−−− ・・・・・   

 

好調な、しかし単調な音と僅かな振動を伝えつつドルフィン号は飛んでゆく。

サイボーグ達は当直を順番で務め 他の者達はそれぞれのキャビンに引き上げている。

  ― その部屋では ・・・

するり ・・・黄色い長い布がすべり落ちた。  

「 ダメだってば、ジョー・・・ こんなトコで ・・・ 」

「 だって狭いから さあ・・・ ふふふん 

「 きゃ・・・  もう〜〜  ジョーったら ・・・ 」

「 ふふ ・・・ 平手打ちのお返し さ♪ んんん 〜〜 」

「 や ・・・ そんなに ・・・痕になっちゃう・・・ 」

「 おい、こんなトコ 誰に見せるのさ ・・・ いいじゃん。  寒いんだ・・・ 」

「 そう? ヒーター、上げる? 」

「 いえ。  きみで結構です〜〜  ほら♪ 」

「 あん〜〜〜  もう〜〜・・・  きゃ ・・・ 」

窓も凍て付く北極上空、しかしドルフィン号のこのキャビンだけは熱々だったらしい・・・

 

 

 

「  ―  女性よ。 」

「 な なんだって ・・!?? 」

フランソワーズからの脳波通信に サイボーグ達は皆驚きの声をあげた。

北極の氷だらけの大陸で ドルフィン号はいとも易々と捕えられてしまった。

彼らは氷漬けで拘束され、 脳波通信でのみ情報を受信できる状態だった。

氷結の海の下には巨大にして強力なNBGの基地が あった。

そこを支配しているのは  ・・・  

「 俺たちの改造に立ち会った ? 

「 女性だって ・・・? 」

「 女の科学者??  ・・・ 記憶にないぞ。 」

「 少なくとも実際には見ていないな 」

サイボーグ達のだれもが 驚愕した。   基地はひとりの女性が支配していた。

 

「 ―  その娘達を  居室に連れて行け。 」

 

「 え・・・!? 」

「 アンナさん。 わたしが護りますから。 」

「 ふふふ ・・・ 安心しなさい。 ちょっとだけ彼女を隔離しておきたいだけだから。 」

「 ・・・・・・ 」

「 私は少し話があるんでね ― ギルモア博士と 」

「 ・・・ うむ。 ワシもご同様さ。 」

「 ふ ふん。 万事好都合、というわけね。  お前たち、さがってよし。」

女科学者は アンナとフランソワーズを別室に監禁し、警護の兵士たちを遠ざけた。

 

「 ・・・ 手が ・・・ 痛い ・・・ 」

フランソワーズもアンナも両手を拘束されている。

「 もう少しの辛抱ですわ。  大丈夫、きっと仲間達が救ってくれます。 」

「 ・・・ あの女性( ひと ) が ・・・ 私のママなのかしら・・・ 」

「 さ  さあ ・・・ 

「 ・・・ あのひと・・・・仮面で片頬を隠していたけれど 哀しそうだったわ ・・・ 」

「 え? 」

「 あの目です。 口では恐ろしいことを言っていたけれど・・・

 あのヒトの目は とても哀しそうだった・・・とても ・・・・ とても ・・・ 」

「 アンナさん ・・・・ 」

「 きっと ・・・ こんなコトは彼女の本当の気持ちの結果じゃないのよ。 」

「 でも 彼女はこの基地のボスだ、と名乗っていたわ。 」

「 ・・・ それでも 本心じゃないのよ、きっと。

 あのヒト・・・ なにか別の考えがあるのじゃないかしら。 

「 なぜ そう思うの?  ・・・ 初めて会ったヒトなのに 」

「 ええ 自分でもなぜかはわからないの。 でも ・・・ わかるの。

 ううん ・・・ 感じたの。  あのヒトの心は哀しみでいっぱいだった・・・ 」

「 アンナさん ・・・ 」

≪  003。  脳波通信の回路をフル・オープンしなさい 

「 ・・ええ ?! 

突然 003 が声を上げた。

「 ど ・・・ どうしたの?? 」

「 ・・・ 通信が ・・・ 脳波通信に あの女性の声が ・・・ 」

「 ええ?? 」

≪ 003。  速く! ≫

≪ ・・・ 了解。 ≫

「 ・・・ なに?  なんなの? 」

アンナは訳がわからない。

「 ごめんなさい。 ちょっと・・・連絡がはいったの。 これって・・・ 」

「 どうしたの?? 」

「 ええ ・・・ あのヒトが あの女性科学者がどうして ・・・・  」

「 ・・・ あのヒト ・・・ この基地のボスだ、と言っていたけれど・・・ 」

フランソワーズとアンナは調度だけは立派な部屋で身を寄せ合っていた。

 

 

 

「 そのオトコをここへ。  お前たちは下がってよし。 」

―  ガチャリ ・・・ 重厚なドアが開いて  閉じた。

この基地のボスを名乗った女科学者は 博士に入室するよう、促がした。

冷たく厳しい表情のその顔、 その半分は黒い仮面で覆われている。

「 ギルモア博士。  ようこそ、私の氷の殿堂へ。 居心地はいかが。 

「 ・・・ ふん 冷房が効きすぎじゃ。  君はいったい 」

ギルモア博士は 突っ立ったまま憮然として言い返した。  すると ・・・

  ― シッ ・・・・!

彼女は指を口に当てると目顔でギルモアに頷いた。 そしてすばやく灯のスイッチの中をさぐった。

「 ・・・・!? 」

「 ― 盗聴器を切ったわ。  ・・・ 逃げて、アイザック。 」

「 な  なんじゃと??  君は・・・ 君は やはり ・・・ マノーダ博士 か!? 」

「 そうよ。 ・・・ 久し振りね・・・ Dr.ギルモア 」

「 マノーダ博士 ・・・ おお  ・・・ 君は無事じゃったのだな 生きていてくれたんだな・・・ 」

「 ええ。  いま その拘束を外すわ。  」

「 ・・・ うむ。 頼む 」

「 謝ってすむことじゃないから ・・・時間もないし余計なことは言わない。

 アナタの < 子供たち > を指揮してここを潰して。 」

「 な  なんじゃと?! 」

「 よく聞いて。 盗聴器が働いていないことが判ると・・・ヤツらが来るわ。 」

「 ・・・ 盗聴器? 」

「 ええ。 ここの全てはNBGに監視されているの。 

 ヤツラ、誰も気づいていない、と思っているらしいけど ・・・  

 ふふん、この私を手玉にとったつもりでしょうけれど ふん、そうは行かないわよ。 」

彼女 ― いや マノーダ博士は手早く部屋の奥のコンソールを操作し始めた。

「 ヤツラの勢力の大半をここに集約させてあるわ。  

 ここを完全に叩けば ― 恐らくヤツらの再起の可能性は非常に低くなるわ。 

 全世界の悪 を エサに超え太った悪魔ドモを一掃してやる・・・! 」

「 ― ジュリア・・・! 

「 ああ ・・・ 何年ぶりかしら  そんな風に呼ばれるのは 」

「 ジュリア。 君は ・・・ ヤツらの真の目的を知っていたのか!? 」

「 ええ。   アイザック、アナタのサイボーグ計画が進行し始めたころにね。 」

「 ならば それならば! なぜワシらと一緒にあの島を脱出せんかったのじゃ。 」

「 忘れた? 私はエネルギー計画に関わっていたわ。

 だからかえってサイボーグ戦士計画の真の目的が < 見えた >の。

 それで アナタ達の叛乱と脱出を援護したの。 

「 ジュリア! き 君というヒトは ・・・ しかしなぜひと言ワシにだけでも言ってくれんかった?

 ワシもヤツラへの疑惑を感じていたのに ・・・ 」

「 アイザック。 敵を欺くのはまず味方から でしょ。

 ともかくあなた達の働きでヤツラの勢力は半減したわ。

 あとの残りは ―  ココをつぶせば! 」

「 よし。 それではワシらと一緒にこの基地を破壊しよう。 そして共に脱出するのじゃ。 」

ギルモア博士は 彼女にとってかわってコンソールを操作しようとした。

「 ― だめ。 だめよ、アイザック。 

 私は ここに残るわ。 この ・・・NBGの氷の殿堂の長として <ゼロゼロ・ナンバーサイボーグ> 達に

完膚なきまでに破れ 灰塵に帰すのよ。 」

「 な・・・ き 君は残る、というのか!? 」

「 ええ。 極北の魔女は負けて氷の下に消えてゆくの。 それでいいのよ。 」

「 ジュリア! なぜ・・・ なぜ脱出せんのじゃ?!  」

「 私はこれまでやってきたことの責任を取るわ。 ヤツらに乗せられたといはいえ、私の責任よ。

 だからアイザック、アナタは 行って。 

 アナタとアナタのサイボーグ戦士達は 地球には必要な存在だわ。 」

「 ・・・ ジュリア・・! 」

「 さようなら アイザック。  あの日々を・・・忘れないわ ・・・ 」

「 ワシもじゃよ、ジュリア。 ワシも一生・・・忘れんよ 」

「 さあ もう時間がないわ! 急いで! 」

「 うむ ・・・ その前に ひとつだけ教えてくれ! 」

「 ?  」

「 あの時  ・・・なぜ 君は人工皮膚移植の再手術を拒んだのか? 

 ワシの腕では信頼できんかったのか・・  」

「 まさか ・・・ ちがうわ。 」

「 では なぜ?! 

「 恐かった・・・私自身が恐かった ・・・

 顔が治って またアナタと研究の日々を送れる・・幸せの日々を夢見てしまう自分が・・・ 

 そんな私自身が恐かったのよ 」

「 ・・・ ジュリア ・・・ 」

「 さあ はやく! 」

「 ・・・ むう ・・・ 」

博士はようやく 脱出路へと駆け出した。

「 ―  あのコを ・・・・ おねがい。  私達の 」

「 ・・・なに? 」

振り返った博士の目前で 脱出用シャフトのドアが閉った。

 

   ―   ジュリア ・・!   確かに。

 

「 博士〜〜 !!! 早く 早く!! 」

フランソワーズが駆け寄ってきて手をとってくれた。

「 お おう・・・ ありがとうよ・・! 」

「 皆がやってくれました。  ほら ドルフィン号があそこまで・・・! 」

「 あ  ああ   ・・・ 」

「 ほら アンナさんも ! 」

「 は はい ・・・ 

 

  ・・・・ シュ ・・・!

聞きなれた音がして ― 彼らの前に赤い防護服姿が現れた。

「 お待ちどうさま。  さ ・・・ 行きましょう! 」

「 おお 〜〜 009〜〜 」

「 もう大丈夫ですよ。  003、殿 ( しんがり ) を頼む。 」

「 了解! 」

基地全体に激震が走る。  頭上からも氷の破片が落ち始めた。

「 ・・・ きゃ〜〜・・・・! 

「 危ないッ ! 

009は加速装置を駆使し、落下物を処理してゆく。 

やっとのことで一向はドルフィン号に飛び乗った。

  

  ・・・・ やがて ・・・ 

  氷原の大爆発と共に全ては再び ― 白の世界に帰した 

 

 

 

  ズズズズズ −−−−− ・・・・

 

 

大氷河は不気味な音をたてて裂け 砕け 北の海に沈んでいった。

「 ・・・ ひえ〜〜 ・・・ ギリギリだぜ・・・・ 」

ジェットが珍しく大息を吐いている。

「 ああ ・・・かなり無茶したけど ね。 全員 無事かい? 」

ジョーも隣でほっとした様子だ。  

「 ・・・ダ ダイジョブアルよ〜〜 ふう〜〜 」

「 003? 博士とアンナ嬢は大丈夫か 」

「 座席にシートベルトでしっかり固定していたから なんとか・・・ でもちょっと乱暴よ〜 」

「 ごめん ごめん ・・・ 爆発の規模が想定外だったしね。 」

「 ま、 皆はん ご無事でなによりや。 さ〜〜て おいしいモン、作りまっせ〜〜 」

「 あはは・・・頼んだよ〜 大人 」

メンバーズたちはてんでにドルフィン号の点検を始めた。

 

「 ・・・ 博士 ・・・ はい、お茶。 少しだけブランディを垂らしておきました。 」

「 ・・・ おお ・・・ ありがとうよ、フランソワーズ ・・・ 」

「 キャビンにお戻りになったらいかがですか? 」

「 いや ・・・ ワシは大丈夫じゃ。 それよりあのお嬢さんは・・・ 」

「 大丈夫、疲れていらっしゃるからキャビンで休んでもらいました。 

 ちょっと軽めのお薬も処方して ・・・ 」

「 ああ それがいい・・・ 彼女はごく普通の人間だからな。 」

「 はい。   ・・・ あの ・・・ あの 博士。 あのお嬢さんは 」

   ああ    ワシの、ワシとジュリアの娘じゃ。 」

「 ― やっぱり ・・・! 」

「 うむ。 ワシはお前に言われてやっと気づく愚か者じゃが・・・

 あの娘を見てすぐにわかったよ。 」

「 ・・・ あの方に似ていらっしゃいますか。 」

「 ああ。 若い頃の ジュリアの面影もあるがな ・・・

 なによりワシの母親の若い頃にそっくりなんじゃ よ ・・・ ワシも驚くくらいに な。 」

「 まあ ・・・ そうなんですか。 」

「 フランソワーズ ・・・ 頼む。 彼女には 」

「 博士のお望みとあらば ・・・ でも よろしいのですか? 

「 ああ。  こんなとんでもない人間が親だ・・・などと知らんほうがいい。

 今の彼女には立派な親御さんがついておるではないか。 」

「 そう・・・ですね。 とても大切に育てていただいているようですし。 」

「 うむ。  あの娘は 栗島安奈 として生きてゆけばよいのじゃよ。

 今回のコトは ・・・ 人違いじゃった、ということで通してほしい。

 施設に預けられていた別の人間との人違だ。 」

「 ・・・わかりました。 」

「 ― フランソワーズ ・・・  ありがとう よ ・・・ 」

「 あら・・・ 娘にお礼なんか言わないでくださいな。 」

フランソワーズはにっこり微笑み博士の手にちょん、と触れた。

「 ・・・ ふふふ ・・・ そういえばあの朴念仁とは上手くいっておるのかね。

 ずっと聞き損ねてしまったが ― いつぞやは泣いておったじゃないか うん? 

「 ・・・ 博士 ・・・ わたし ・・・ わたしの存在ってなんなのでしょう。 」

「 アイツが なにか言ったのかね。 」

「 いいえ。  なにか言ってくれればまだいいです。

 ジョーは ・・・ なにも言いません。 饒舌なのは <芝居> の時だけ・・・ 」

「 ・・・ったく・・・ 不器用じゃのう ・・・ 」

「 ジョーが、ですか。 」

「 いや お前もじゃよ、フランソワーズ。 お前たち、一体何年一緒におるのじゃね。 」

「 ・・・それは ・・・ 」

フランソワーズの頬が桜色に染まった。

 

「 それは ― 」

まさに同じころ、厨房では 009が窮地に陥っていた・・・!

「 ジョーさん。  あなた、私のことを言えませんよ?

 素直にならなければいけないのは あなたも同じです! 」

「 はへ・・?? 」

アンナがジョーにむかってはっきりと言った。

彼女は水を飲みにやってきて ジョーを捕まえた!

「 ジョーさん。  ケンカのフリしてたけど、フランソワーズさんは本心を言ってたんです。

 ちゃんと 彼女と向き合ってあげて。 」

「 ・・・・・・ 」

「 そして ちゃんと言ってください。  別に そんな・・・ じゃなくて。 

 本当は 本当に 愛しているのでしょう? 」

「 ・・・ は はい ・・・! 」

じわり、と壁に追い詰められ ジョーは大汗をかいていた。

「 じゃ ―  ちゃんとお話してください  ね? 」

「 あ  あの ・・・ ぼ ぼく達は別にそんな・・・ 」

「 じゃなくて。  女性はね、ちゃんとはっきり言葉にして欲しいんです。 ほら! 」

 トン ・・・! とアンナはジョーの背をおした。

「 ・・・ う うん ・・・じゃなくて  はい。 」

「 よろしい!  ほら。 」

「 ・・・ ありがとう・・・ アンナさん。 」

相変わらず照れ屋のジョーは もごもごと言うとやっとコクピットへ戻っていった。

 

 

  シュ ・・・!  コクピットのドアが開き、 ジョーがモジモジしつつ入ってきた。

「 ― あの。  フランソワーズ 」

フランソワーズは丁度当番だったので 彼が航路でも確かめに来たのか、と振り向いた。

「 ジョー?  大丈夫よ、しばらくは自動操縦で ― 」

「 いや。 あの ちょっと その・・・ 」

ジョーはつかつかと彼女に歩みよると、その肩に手を置き ・・ つい目を逸らした。

「 ・・・ジョー。 どこ みてるの。 」

「 え ・・・ あ べ べつに  その! 実は 」

「 あの! わたし  わたし ね。  い 言うわ! 」

「 ― え ?! 」

「 わたしも ・・・ 勇気を出すわ、 あの ! 」

「 待ってくれ、 ぼくに言わせてくれ〜 頼む! 」

「 ・・・ はい? 」

「 え 〜 ・・・ 本当に 本当に きみが好き・・愛してますっ !! 」

「 ―  ジョー ・・・ ズルい・・・先に言って ・・・ 」

フランソワーズの蚊の鳴くよ〜な声は たちまち熱いキスで封じられてしまった・・・

 

 

 

極北 ( きた ) への旅は終わり、ドルフィン号は無事に岬の屋敷に帰りついた。

仲間達は故郷へと帰り、再び <普通の日々> が始まる。

「 お嬢さん? ご両親のお迎えですよ〜 」

グレートが陽気に玄関から声をかけてきた。

「 ・・・ パパ ・・・ ママ・・! 

「「  ― 安奈 ・・・!!  」」

無断で家を飛び出してきた娘を迎えにきてくれた養父母は涙を流し抱き締めた。

「 心配したぞ!!  こちらからお知らせを頂いて飛んできたんだ! 」

「 安奈 ・・・ 安奈 ・・・ 可愛い安奈 ・・・

 もう もう こんな心配はイヤですよ ・・・  」

「 パパ ママ ・・・ 心配かけてごめんなさい ・・・ 

 ね パパ ママ。 お願いがあるの! 」

「 うん ?  このままハワイに行くかい? 」

「 違うわ。   あのね ― 大学をもう一度受験したいの。 」

「 大学??  だって安奈、来年卒業だろう? 」

「 ちがうの、違う大学で勉強しなおしたい。 国立のT工大、受ける! 」

「 ・・・ 安奈 ・・・ ? 」

「 私、学びたいことが ― やりたい事が あるの! 見つけたのよ! 」

「 T工大だって?  理系の学校だぞ? 

「 そうよ、パパ。 私 ・・・ どうしても勉強したい。

 お願い! お嫁入り道具も何にも要らない。 その分、学費を出してください。 」

アンナは深く頭を下げた。  彼女の生まれて初めての真剣な <お願い> だった。

「 わかった ・・・ 安奈のお願い、聞いてあげる。 」

「 あなた・・・!? 」

「 パパ!!  ありがとう〜〜!! 私、必ず合格するわ! 」

「 ああ。 パパとママの娘だもの な、 安奈は ・・・ 」

「 ええ。 私 ・・・ パパとママの、栗島家の娘でとっても幸せよ! 」

「 安奈 ・・・ 」

「 さ。 帰りましょう!  さ〜あ忙しくなるわ〜〜 」

「 こらこら・・・ こちらの皆さんにお礼を言わなければダメだろう? 」

「 あ ・・・ ふふふ ・・・・ お互い様でしたね? 」

安奈はジョーとフランソワーズに ばちん! とウィンクを送った。

「 まあ・・・ この子ったら。 なんてお行儀? ママはそんな娘に育てていませんよ? 」

「 あは・・・はあい ごめんなさい〜〜 」

和やかな笑いが皆をふんわりと包んだ。   

 

 その後 ・・・

一念発起した安奈は東工大に見事合格 地球惑星科学科で学び 後、東大大学院へと進み

やがてJAXA の研究室へ。

そして 後年日本の宇宙開発の中心的な役割を果たすようになる。

アイザック・ギルモアとジュリア・マノーダの血は立派に引き継がれたのだった。

私生活でも実の父母と同じに安奈は同業者と結ばれ これは仲良く添遂げた。

 

 

 

 

     サワサワサワ ・・・・・

 

葉擦れの音をつれた風が レースのカーテンをゆらす。

「 ・・・まあ まだ花びらが残っていたのね・・・ 」

フランソワーズは テラスから舞い込んできた桜の花びらを拾った。

「 うん?  ああ ・・・ もうすっかり散ってしまったんだね・・・ 

 今年は ・・・ いつ咲いたか ・・・ 気がつく余裕、なかったなあ ・・・ 」

「 そうね ・・・  博士 ・・・空からご覧になっているかしら・・・ 」

「 きっと。 一番の花見だ、と喜んでいらっしゃるさ。 」

「 ・・・ そう  ね ・・・  」

その年、桜の花が咲くのを待たずにアイザック・ギルモアは波乱に満ちた生涯を閉じた。

<子供たち> に看取られ、穏やかな旅立ちだった。

 

ひっそりと野辺の送りもすませ、葉桜のころジョーとフランソワーズは葬儀の後始末をしていた。

「 密葬にしたのに・・・随分と沢山の方々からお悔やみを頂戴したねえ・・・ 」

「 ええ ・・・ 博士の御人徳だわ。 」

「 うん。 ヒトは その棺の蓋を覆った時に真価がわかる、と言うが・・・本当だな。 」

「 そうね ・・・  あら?  これ・・・ 」

「 うん。 どうした。  」

「 ジョー ・・・!  これ・・・ このお悔やみの手紙 ・・・ 」

フランソワーズはそっと広げた封書を 見せた。 

和紙の便箋に かっきりとした文字が記されていた。

 

 

 【  この世に送りだしてくださいまして ありがとうございました。

           心から御礼申し上げます。   

           あちらでは こんどこそお母様とお幸せに ・・・

 

                            敬愛する お父様へ   アンナより 】

 

 

「 ・・・ 知っていらしたのね ・・・ 」

「 ああ。  知っていたんだ ・・・ 」

「 ・・・ よかった ・・・ よかったこと・・・ 」

「 ・・・・・・ 」

ジョーとフランソワーズは寄り添って晩春の空を見上げた。

 

    桜も散り やがて若葉の季節がやってくる。  

     ―  ロマンスは いつだって爽やかな味を残してゆくのだ・・・

 

 

 

    

 

     *****  おまけ  *****

 

「 フラン ・・・ 泣いてたんだって? 」

「 え??? いつ?? 」

「 ・・・だから その。 あの北極海に行く前さ。 屋根裏部屋で・・・ 」

「 ・・・・・  ああ  思い出したわ。 」

「 ああ って どういうことさ。 」

「 うふふふ ・・・ ちょっとね〜〜 昔の恋人のこと、思い出して。

 ちょっと切なくなっていたの♪ 」

「 な〜んだ ・・・   !? ええ  昔の こ こいびと〜〜 ォ ?? 」

「 さ〜てね? オンナにはいろいろ・・・甘酸っぱい過去の恋があるのよ♪ 

 うふふふふ ・・・・ やっぱりロマンスは いいわねえ〜 」

「 ・・・ フランソワーズぅ〜〜〜〜 」

 

 

 

 

********************************    Fin.    *********************************

 

Last updated : 17,04,2012.                  back        /      index

 

 

 

************    ひと言   ***********

やっと終りました・・・・ 当初はあっさり博士の過去恋話のみ、の

つもりだったのですが・・・ 

やっぱりハッピーエンドがいいなあ・・・ 

そうそう、安奈さんが辿った道は <ホンモノ> ですよん♪